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Interview vol.2
フランス修行で得た個性と、
巨匠の下で学んだ技とセンス

ノルマンディのパティスリーで修業を始めた菅又シェフ。フランス語はわからなかったけれど、「材料や道具、菓子用語ならわかるし、なんとかなるさ~」とはさすがの度胸。
修行中のこんなエピソードを聞いた。現場にペンを持ちこみ、わからないことをノートに書いてもらうのは、同僚のフランス人には不評だった。
手を洗ったり、拭いたりすることが面倒だからだ。そこで、作業台を湿ったタオルでぬらしたり、小麦粉をはたいて、その上から指で文字を描いてもらう。
菅又風ノートでコミュニケーションを図ったのだという。そんな独自のコミュニケーション方法で職場の仲間とも自然に打ち解けていったのではないだろうか。1年間の修行でひととおりのことをやらせてもらえたという。

菅又シェフにはフランスで修業するならココ!と決めていたパティスリーが何店かあった。
アルザス、ストラスブールにある名店「テュエリー・ミュロップ」もそのひとつ。フランス語が多少できるようになった修行から1年経った頃、働きたい旨を書いた手紙を送った。
手紙が届いた頃を見計らって電話をし、フランス語で受け答えができるように、綿密なメモを準備してチャンスに備えた。
現場での仕事はもちろん、語学の勉強にも日々努力を重ね、着実に力をつけていく姿が目に浮かぶ。

アルザス地方は、多くの名だたる先輩シェフが修行した場所。
自分の中ではなんとなく「聖域」だったという。そんなアルザスでは「クグロフ」や「パンデピス」など、地味で華やかさはないが、生地そのものの味が伝わってくるお菓子の美味しさを知った。

菓子屋をしている父親が、ドイツやウイーン菓子の、生地を食べさせるお菓子を作るのが得意だったことから、アルザスで食べる「クグロフ」や「パンデピス」が父親の作る懐かしいお菓子に思えたのかもしれない。
木組みの建物が並ぶ、地方色豊かなアルザス地方。素朴な店構えのパティスリーやブーランジェリーが多い中、「テュエリー・ミュロップ」は他店とは違い、店内もお菓子も洗練されたお店だった。
温かみの中にある、お洒落で光るセンスが気に入っていたという。

なぜフランス修行の中でアルザスが一番印象に残っているの?という質問に、「最初の1年間でフランス語を覚え、菓子屋の仕事もひととおり経験して行った先だからこそ、少し余裕を持ち、客観的に菓子屋の仕事を見ることができた。言葉を理解することができて得るものが多かった。」と話す。
「でももし、地方ではなくパリでの修行が長ければ、情報量も多かっただろうし、もっと広く浅く、たくさんのことを吸収できたような気がします。ちょっとマニアックになっちゃって・・・・」と笑った。それが今の個性に繋がっているのだと思う。

フランス修行から戻り、新潟市内でパティスリーを開いていた父親のお手伝いをはじめた菅又シェフ。
頑固な職人気質の父親、フランス菓子を学んで帰国したばかりの息子。お菓子作りに対しての意見が分かれ、毎日喧嘩が絶えなかったという。
「これではだめだ」と思い、菓子作りをやめ、ガソリンスタンドでバイトを始めた。「菓子屋以外のこともやってみたかったから」と茶目っ気たっぷりに話す菅又シェフ。
菓子作りから離れても焦ったりしないのがすごいところ。しかし、若くて実力のあるシェフを回りが放っておくはずがない。
すぐにフランス語がしゃべれるスタッフを募集していた、舞浜イクスピアリにある「ピエール・エルメ・サロン・ド・テ」(現在は閉店)にスーシェフとして務めることになったのだ。

ピエール・エルメといえばフランスのみならず、世界中で人気のパティスリー。
巨匠と呼ばれるエルメ氏に影響を受けたパティシェは、数えきれないほどいるだろう。菅又シェフもまたそのひとり。 エルメ氏の繊細で芸術的な数々のお菓子に触れ、菓子作りの技術だけでなく、感性や創造性など奥深いところまで学ぶとこができたという時代。
人気商品のマカロンは数えきれないほど作った。

今回ご紹介するマカロンのレシピは、菅又シェフならではの現場で培った、経験と技がいっぱい詰まった必見レシピです。

次回はドウパティスリーのオープンと菅又シェフの今後の展望についてご紹介します。

- Interview vol.3 へ続く -

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