「日本人の嗜好に全然合わせないわけではなく、一線を引いているんです。 フランスから帰ったばかりの頃と較べると僕自身の味覚も変化しているし、昔のレシピ通りに作るだけなら僕じゃなくてもいいわけだし。お菓子の味は少しずつ変わっている。ただ、どこかに『これ以上変えたらフランス伝統菓子じゃなくなっちゃう』という一線があるわけですよ。その線は越えないようにします。僕がしなきゃいけないのは、基準を示すことだと思うんですね。『売れるもの=良いもの』みたいに、その時その時の商業的な都合で基準がフラフラしていたら、本当に良いものとは何なのか、誰もわからなくなるから。 日本はじつに裕福だし、ものは何でもあるし、本来の食文化もきちんとしたものがありながらどんどん無節操になっていて、『希少価値』とか『誰かがすすめる』とか、なにかしら“物語”が後ろについていないと評価出来ない感じになっているじゃないですか。 ヨーロッパに行って以来『食の豊かさってなんだろう』とすごく考えるんですよ。身のまわりで毎日触れているものの質が高い。と言っても高価じゃなくていいから、質素でも真摯に作られたものを切り分けてみんなで食べる。そこに幸せを、豊かさを感じる価値観を僕はもち続けていたい。それでこういう店になる。 店を作って22年経ったというより、作るのに22年間の時間が必要だったという感じかな。」