高校卒業後に上京し、都内の製菓専門学校で学んだ捧シェフ。職人だったお父さまの背中を見て、自身も手に職をと考えたとき、子どもの頃から大好物だったお菓子を作る道に心が動いたという。卒業後は地元新潟に戻ろうと就職活動を行うがなぜかことごとく不採用。しかしこれこそが転機となり、日本に初めて本物のフランス菓子を伝えた名店「ルコント」で働くことになった。
「通っていた学校では年2回、現役のパティシエが外来で講義をしていて、そこにレ・アントルメ国立の魵澤(信次)シェフが講師でいらしたんです。魵澤シェフは僕が初めて出会った本物のパティシエ。今となっては授業の内容はよく覚えていませんが、ものすごいインパクトでした。だから、講義が終わって壇上から降りてくる魵澤シェフに駆け寄って『就職させてください』って直訴して(笑)。そうしたら『今は人がいっぱいだから雇えないけれど、一度お店に見においで』と言っていただいて、お店にお邪魔して、魵澤シェフが修行していたルコントのことを知り、あらためて東京で就職先を探している中でその名前を見つけました。今考えると、新潟では全店で落としてくれてありがとう、という感じですね(笑)」