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cotta | 誰かを思う。またつくりたくなる。

 

 

 

Interview vol.1
横浜・元町と
“ニューヨークスタイル”

“パン食文化発祥の地”とも言える横浜・元町。明治21年に日本で最初に食パンを提供した『ウチキパン』は以来120年余り続く老舗だし、フランスパンとデニッシュを広めた『ポンパドウル』も、ここから始まって半世紀近い。

観光にショッピングにと賑わう元町商店街から、ゆるやかな坂道「代官坂」を上って行く。だんだん傾斜が増しても、趣ある家並みを眺めれば疲れは感じない。このあたりは居留外国人が“ブラフ”と呼んだ地域だ。「切り立った崖」を意味するブラフは今も地域の通称となっている。

坂の頂上に近づき、空がひらける道の脇にひときわ鮮やかな青いドア。『ブラフベーカリー』だ。

ドアを開ければ、1つ1つが大ぶりの工芸品を思わせるパンがひしめく。ぐるりと囲む壁は版画やポップアートが彩る。中でも一番大きな“額縁”はキッチンの窓。オーナーシェフの栄徳剛さんたちがパンを作る、動く絵が飾られている。

栄徳シェフ:

「なんでアメリカ・ニューヨークを店のモチーフにしたかというと、色々理由があって。1つは、うちの嫁さんがアメリカに留学してホームステイも経験していたことですね。旅行とはちがう、生活に溶け込んだキャロットケーキやブラウニーを表現出来る。もう1つは場所柄。この街に住んでいる人間として、ウチキさんやポンパドウルさんと競合するようなのではなく別のタイプのパン屋を作りたいなぁと思ったんです。他のお店の袋を持ってうちに来ていただけるっていうのが、いちばん理想的だと思うんですよ。パン屋さんが豊富だという特徴がある場所だから、やっぱり全部まわってもらいたいし。

それに、ニューヨークスタイルとは自由です。もともとアメリカはそんなに歴史がある国ではないのですが「ニューヨークスタイル」という柱はありますね」

さまざまな国から入ってきたものを、自分らしく表現する。栄徳シェフは「ニューヨークスタイル」をそう定義している。

栄徳シェフ:

「ベーグルなんて一番わかりやすいですけどね。ユダヤから入ってきたものがニューヨークスタイルになって。色が黒いからとドイツパンの常識とは別にプンパニッケルと呼ばれるわけでしょ」



ニューヨークスタイルとしては、ベーグルの穴を大きく開けてはいけないという。生地をねじって輪にした中心は、ほぼふさがって焼き色も薄く仕上がる。ギュッと詰まったモチモチの食感だ。

栄徳シェフ:

「穴は、開けるとその部分の表面積が広くなるので火の入り方も変わってくる。ちゃんとした理由があるわけです。うちで丸く穴の開いたベーグルを作ったら『そんなのニューヨークじゃない!』って、嫁さんに怒られる(笑)

僕は、そこに暮らしていた人間が一番偉いと思っているんですよね。本当のことがわかっているわけじゃないですか。今は小さな子供3人の世話で忙しいのですが、うちの嫁さんは陰のシェフ(笑)言うなれば一番偉いよな、きっと」

もしも今後、横浜にニューヨークスタイルのベーカリーが増えたとしても『ブラフベーカリー』は“別のタイプのパン屋”として存在感を放つはずだ。なぜならニューヨークにあるものをそのまま持ち込むのではなく、最先端を追うのでもない、栄徳シェフ自身の基準を通した品揃えだから。

その基準とは「自分が表現したいもの」。

例えば、ニューヨークのパンといえば屋台で売られるプレッツェルも有名だが、今のところ『ブラフベーカリー』のメニューには載っていない。
「冷めないうちに食べなければ味が落ちるとなれば、買ってお持ち帰りくださるお客様に対して不親切になってしまう」というのが理由だ。

また、単独で楽しむよりも料理に添えることを前提とするタイプのパンも、今は栄徳シェフが表現したいものから外れる。 ベーグルも1個160gのボリューム。アメリカでは200gもの大きさに作られているそうだが、日本で一般的な100gほどのベーグルに較べたら160gで充分。その上、専用のラッピングが評判となっている。お店を作るときのラフスケッチがカラフルに描かれた、ショップカードにもなる包装紙だ。

栄徳シェフ夫妻が好むポップアートがニューヨークのイメージをますます確立する。

栄徳シェフ:

「商品構成、大きさ。全体的な統一感として『ニューヨークっぽいね』ってなればいいなと考えています。 レシピ考案とアイデアは僕と嫁さんとで分担。マンガの藤子不二雄みたいなものです。どっちが何を作ったか、世間から見れば同一人物の『ブラフベーカリー』というものでいいかなと思うんですよね。意外に感性が異なるので、そういう意味で二人いることが逆にバランスよくなるかなと」

栄徳シェフが自分自身を「パン屋」と気取りなく呼び、“ブーランジェリー”でなく“ベーカリー”を志したのは、立地やニーズに配慮する他に「運命的なもの」だという。

栄徳シェフ:

「父も祖父も、じつは、ひいおじいちゃんもパン職人だったんですよ。そう。僕が小さい頃、92とか93歳だったひいおじいちゃんが、窯から何か出しているのを見た記憶があります。うちはもう、昔ながらのパン屋さんでした。食パンがあって、コッペパンみたいなのを使ったコロッケパンとか、あと、あんパンとかの菓子パン類」



3人兄弟の長男が栄徳シェフ。自然にお店を手伝っていた。

栄徳シェフ:

「手伝うと言っても、パンを作るのは職人の仕事なので僕はサンドイッチの卵を茹でたりスパゲッティを茹でたり。あと、店番ぐらい。どちらかというと、近くで叔父さんがやっていたケーキ屋さんに行くほうが多かったな。包丁を持って苺をきざんだり、色々な仕事があったので。 親父だけの仕事だったらたぶん継ぐ必要は感じないと思うんです。ただやっぱり、おじいちゃんやひいおじいちゃんの代からということになってくると、ある程度ね、重みが出て来るんですよね(笑)高校を卒業したあとパンの専門学校へ行くのは、親も喜んでくれるし、正直な話、一番ラクな道だったんですよ」



社会人になると、栄徳シェフは改めて「パン屋さん」の魅力を知ることになる。

- Interview vol.2 へ続く -

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