東京製菓学校を卒業後、栄徳さんは最初に就職した『ラミ・デュ・パン』でフランス人職人たちがオーブンからバゲットを取り出す光景に強く惹かれたという。
栄徳シェフ:
「パンづくりは子供の頃から見慣れていたはずが、衝撃を受けました。こんなにカッコイイ世界は無いな、と。ビンセント社長は自転車で旅をしながらパンを焼いてきた人で『パン職人というのは、どこへ行っていても仕事があるんだよ』と話していました。シェフのドミニクさんもフランス人。その中で育てられて、常に『外国』というものが意識にありましたね」
祖父や父のそばで親しんだパンづくりの現場。その潜在意識の上に外国文化への関心が重なり、視野を広げて行く。実際にフランスやアメリカで研修したり文献をひも解けば、決まりごとの中にも仕組みや根拠が見えてきた。
栄徳シェフ:
「例えば日本では粉に対しての配合(ベーカーズパーセント)なんですけど、イタリアでは水に対するものなんです。『粉100に対して水の量を変えたら味が薄くも濃くもなっちゃうじゃないか』っていうのがイタリア。それだけ麦のブレが大きいのです。水100に粉のほうを合わせる。すごく理にかなっているなぁと思って。
よく『今日は雨が降ったから水分を1%変える』という同業者の意見を耳にしますけど、空調の効いている室内では、変えなくても同じパンは焼けます。それよりもロットごとの差のほうに気を使いますね。海外で製粉されたものや単品品種なら±5%ぐらいまで。日本は製粉技術が非常に高く、安定性は世界で一番でしょう。だから日本の職人は世界で一番ブレる粉や粒子の粗い粉を使えないのです」
ドミニクシェフの下で3年働いた栄徳さんはパン職人として自信をつけ、職場で任される仕事は何でも難無くこなした。そこをシェフの帰国と同時に離れ、栄徳さんは「旅」に出た。
ホテルの製パン部門のシェフとして抜擢された時、「教えられたことがいくら出来るようになっても、自分が表現出来るものはまだ何も無い」と考えるようになる。23歳の頃だ。
自分は何を表現したいのか? 「自分らしさ」とは何なのか?
栄徳シェフ:
「そこからはずっと自分探しの旅です。うん、今でも(笑)
雇われシェフというのは、オーナーというクライアントがいるわけです。クライアントが望むものに自分らしさも表現しなければいけない。
例えば『アルティザン・テラ』のようなオーガニックを表現したいお店なら、説得力のある有機認証が必要だろうと取得しました。そして有機の原材料という限られた材料で作り上げる。それはラクではないですよ。ただ、パンづくりは素材と製法(発酵方法)との組み合わせなので、材料に合わせ、最適な製法を考えればいいのです」
旅は続いている。最近、インドネシア・ジャカルタで展開する日本のベーカリーに商品開発で参加した。ジャカルタのパン文化はまだ発展途上で、求められるのはほとんどが菓子パン。
お店で1番人気のキャロットケーキ。
約60種類作ったうち9割はチョコレートを中心とした甘いパンに。そうでないものでも、人々が大好物だという「アボン(でんぶの一種)」のニーズや、現地スタッフが引き続き均質に作り続けられるようなレシピを完成させなければならなかった。
栄徳シェフ:
「甘いパンばかり50種類、60種類と考える過酷な体験!(笑)チョコレートも日本のものとはちがうし、ジャムはイチゴかブルーベリー以外は敬遠される上に値段も高い。宗教上リキュールなどの酒類は使えない。ハード系のパンはまだ受け容れてもらえなくて、メロンパンでさえ『表面の生地が固いから』と嫌われるぐらいでした。
ですが、条件や制約の中で考えるのはやっぱりクライアントが望むもの。それで売れるもの(笑)いつかフィードバック出来る時がきっと来る」
そう考えて挑んできた。
本場の味を奥様が再現したレシピ。
栄徳シェフ:
「ジャカルタのお店も無事開店しましたし、台湾で講習会の講師として呼んでいただいたりもしました。いろいろな経験をした要素を、これからは自分の店で試す時間をもとうかとも考えています。作りたい粉もでてきましたし」
栄徳さんには、夢の1つに「アメリカで出店」がある。いわばニューヨークスタイルの逆輸入だ。旅の終わりに、その夢が実現するのかもしれない。
あらゆる要求に応え、制約がある中でも自分らしさを打ち出す。それを可能にするためにも素材と製法を研究する。クライアントや利用客と対話する。 すべて「好きだから出来る」ことだと言い切る。
栄徳シェフ:
「やっぱり、好きなんですよ。この業界ってみんなパン作りが好きなんでしょうけど、男女の恋愛と同じで『好き』にも色々あるじゃないですか。基本的に有名シェフってのは、アブナイです。もうストーカーに近いぐらいだから(笑)『もっと好きになれよ!』って他人が言うのもどうなんでしょうね?」
「プロとアマチュアの大きな違いは、お金をもらっているか。いないか」とも言う。
栄徳シェフ:
「お金をもらっている以上自分の好き勝手には出来ないということです。cottaさんの商品を買われる方は、情熱があって、本当に好きなんだなぁと思うんですよ。吸収しようとするエネルギーがものすごく強いな、って。家庭でプロと同じ環境が整えられたら、たぶん、多くの職人より良いものを作るでしょう。そのレベルです。職人は機械が良くなればなるほど腕は下がっていっているような気がします。
パン作りには正解というものが無いと思っています。何をおいしいと感じるか、ふわっとさせたいのかギュッと詰まったものにしたいのか、などなど、すべてが自分基準。だからレシピのすべての素材、割合には理由がなければいけないと思います。なんで『塩が2%』なのか? 答えられなかったらそれは他人のものなのです。
1日の仕事の中で何か1つは得たい思っています。それが1年で、ものすごいノウハウになる。1日の仕事でみつからなかった日は、帰宅してから本を読んだりして『あ、他の人はこういう考えなんだ』と自分の引き出しにしまっておきます」
- Interview vol.3 へ続く -
プロの仕事vol.10 栄徳剛シェフ インタビューvol.2
© 2006 cotta Co., Ltd.