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cotta | 誰かを思う。またつくりたくなる。

 

 

 

Interview vol.2
縁の積み重ねで導かれた
パティシエへの道

パティシエという職業はもちろん、スマートな容姿や落ち着いた物腰から都会育ちを思わせる金井シェフだが、市の7割を緑に囲まれた自然豊かな土地に生まれ育ったのだという。

金井シェフ:

「東京の人たちが遠足に来るような場所で、いつも野山を駆け回っていました。まさか自分がパティシエになるなんて思っていなかったですね。小さい頃は母が専業主婦で、よく家でバターロールやスワン(シュークリーム)なんかを作ってくれたのですが、今思い返すとそれも何か影響しているのかもしれません。でも、当時はお菓子作りを手伝うこともなく、生クリームをつまみ食いしてました(笑)」

小さい頃に喘息を患ったことから水泳をしていた金井シェフは、部活のバスケット部のほかに自分のお金で水泳を趣味として楽しもうと、高校生のときにパン屋でアルバイトを始めたのがパティシエへの道の原点になる。そこは近所のスーパーに併設されたパン屋で、お客さんがひっきりなしに訪れる繁盛店だった。

金井シェフ:

「簡単なパンの仕上げから始めて、成形や焼成まで、仕込み以外はやらせてもらいました。社員さんがお休みの日に代わりができるバイトに成長して、店長やエリアマネージャーから『卒業したらここで働いて』ってスカウトされました(笑)。でも、このまま就職するには知識が足りない、せっかくならパンだけじゃなくお菓子の勉強をした方が広がるかなと製菓の専門学校に進学しました」

入学してしばらくして一人暮らしを始め、生活費を自分で賄うために学校とアルバイトに明け暮れた金井シェフは、周囲の友人たちが就職先を決めるころになってようやく将来について考え始めた。せっかくなら自分が働きたい場所を選ぼうと、日本にフランスパンを伝えたフィリップ・ビゴ氏の「ビゴの店」の門を叩いた。

金井シェフ:

「一年目はずっとパンの配達をしていました。朝4~5時に出勤して、成形をして、釜を見て、できたパンを配達先ごとに分けて、東京都内のレストランを回りました。お昼を食べたらまた同じ動きをして午後の配達。元気だけはあったので配達先のシェフたちに良くしてもらいました。特にモナリザの河野(透)シェフにはかわいがってもらって、『急いでいると思うけどコーヒー飲んでけよ』っていつも声をかけていただきましたね」



そんな下積み時代が一年続き、次の新人にバトンタッチする頃、併設のケーキ工房のシェフの退職に伴い、製菓部門へ移動。学校で学んだことをそこで初めて経験値として積むことになった金井シェフは、焼き菓子から始まり、気づけばお菓子の世界にのめり込んでいた。

金井シェフ:

「鎧塚(俊彦)さんが日本に帰国されたとき、ビゴの店で3年ほどアドバイザーをされていたんです。名前は伏せていましたが、鎧塚さんのブランド『トシ・ヨロイヅカ』の立ち上げもビゴでお手伝いしました。それまではパン屋さんのクラシカルなお菓子にばかり触れていたのですが、鎧塚さんのケーキを見せてもらって、“フランスに行きたい”という想いが強くなったんです」

渡仏のため退職を申し出た金井シェフだったが、厨房を任されていたこともあって強い引き留めにあい、退職までは数年を要することに。ワーキングホリデーでの渡航のためビザ申請の年齢制限ぎりぎりの30歳でようやく叶い、31歳でフランスへ。ビゴの店で扱っていた輸入食材会社の社長さんの紹介で、パリの三ツ星レストラン「レストラン ギイ・サヴォア パリ」で働くことになった。日本人パティシエの採用は初めてだったという。

金井シェフ:

「いきなり三ツ星レストランで働けたのはその方をはじめ、ご縁をつないでくださった皆さまのおかげです。周囲の方たちに良くしてもらい、フランスに行ってもチームのシェフや友達に支えてもらいました。誰かとの関わりがなければ何もできない。外の世界に飛び出してみて、それを感じました。

フランス語もほとんどしゃべれないまま行って、それまではブティック(店舗)にいて初めてのレストラン勤務でしたし、誰よりもがむしゃらで一生懸命でした。仕事は目と耳で理解して、あの掛け声がかかったらこれをする、と一つずつ覚えていきました。聞きとった言葉を片仮名でメモして、後で単語の意味を調べて。真剣に見て、聞いて、真似をして、誰よりも早く動いてとやっていたら、3か月くらいでそのパティスリーのほぼ全部門をやらせてもらえるようになりました」

半年ほど経ち、同系列の一ツ星レストラン「ル・シベルタ」のシェフ・パティシエ代理に抜擢。金井シェフの語学が完ぺきでないことを承知の上での采配で、実力を買われてのことだった。週1~2日をル・シベルタで、残りはギイ・サヴォアでみっちり働いた。

うまく行ったときの理由を、「○○さんのおかげ」「ご縁」と必ず口にする金井シェフ。けれど、人の縁や情けだけでは成り立たないのが実力勝負の職人の世界。特に異国フランスでどんな点が評価されたのか、あらためて振り返ってもらった。

金井シェフ:

「“日本人らしさ”はあるかもしれないですね。元々日本でシェフのポジションにいてフランスに渡り、別のシェフの下に就いたわけですが、日本の縦社会をそのままフランスに持ち込みました。

シェフは僕と同い年でしたが、『フミ(※金井シェフ)はいつも僕を立ててくれて、いつでもハイって言うことを聞いてくれる』って言ってましたね。日本で経験を積んでいたので、言葉がわからなくても1~2回やらせてもらえれば理解できましたし、他の若いスタッフたちがすぐにできないことも一通りのことはできる。そんな中でとても信頼してもらって、良い信頼関係を築けたことが、一ツ星のシェフ代理をやらせてもらえた理由の一つだと思います。」

長年願い続けてようやく叶ったフランスでの日々。そこで金井シェフは何を得たのだろうか?

金井シェフ:

「何より文化でしょうか。日本にいては知ることのできない、いつ、どんなときに、何をするか。フランス人の日常を肌身で感じることができたのは、大きく価値観に影響しました。技術的なことでいうと素材の組み合わせですね。

それからスパイスやハーブの使い方。日本にはない発想や見せ方を学びました。引き出しは増えましたね。けれど、フランスのルセットをそのまま日本でやっても通じない。たとえばルバーブを使ったデザートがあるのですが、日本とフランスでは気候が違って収穫の時期にもズレがあり、フランスでできたルバーブとイチゴとの組み合わせは難しいんです。味覚の違いもありますし、フランスで相性がいいと言われる味の組み合わせが日本で受けるかというと必ずしもそうではない。日本人の味覚はやっぱり繊細なんだっていうことも思い知りました」

- Interview vol.3 へ続く -

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